ねこのじかん

hazukicat.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:Cogito, ergo sum( 24 )

いいかげんにして!街宣カー

統一選後半戦がスタート、市区長・議員選告示 4月15日17時9分配信 読売新聞
 第16回統一地方選後半戦の市長・市議と東京の区長・区議の各選挙が15日、告示された。
 既に告示された参院福島・沖縄両補選や、17日告示の町村長・町村議選と同じ22日に投開票(一部の市議選や区長・区議選は23日に開票)される。
 市長・市議選は政令市を除く一般市が対象。市長選は、県庁所在地の水戸、高松、松山、長崎、大分の5市を含め、財政再建団体に移行した北海道夕張市など計96市。「平成の大合併」で市の再編が進んだため、前回より27減った。
 市議選は310市、区長選は13区、区議選は21区で実施される。
-------

統一地方選・後半戦が今日告示された。おかげで朝から区議・区長選の街宣カーがうるさい。
騒音公害をまき散らすのもいいかげんにしてくれないかな。
あんまり喧しくて窓も開けられないってどーよ。

入れ替わり立ち代わり候補者名らしきものを連呼していくが、田舎の一本道じゃあるまいし、
都内の建て混んでるところで流しても建物に反響しまくって騒音しか聞こえないんである。
そんなこともわからないバカ候補になんか投票したくないので
片っ端から名前を控えておこうかと思うんだけど、はっきりいって何を言ってるかさっぱりワカラン。
だいいちそんなことしたら、投票するに足る対象者はいなくなるだろう。

「住みよい街づくり」とかポスターに書くんだったら、少しは脳みそを使ってほしい。
来週の投票日には「該当者なし」って入れるしかなさそうな。


*******
追記。「選挙 騒音」で検索したらこんなBlogがヒットしました。
やっぱり先進国でこんな恥ずかしいことを続けてるのは、日本くらいか…。
[PR]
by hazuki-cat | 2007-04-15 17:28 | Cogito, ergo sum

フリーマガジンの限界

つい先日、「R25」最新号に掲載されたクマムシの話をmixiニュースで読みました。
これはちょっと端折ってある雰囲気だったので詳しいトコはどんなもんかと思い、
昨日の夜、ちょうど近所のコンビニにあったのをもらってきました。

え~と。そろそろこのフリーマガジンも廃刊が近いですか?(黒)

いえね、以前の「R25」は、発行日の木曜日でさえ入手が難しいこともあったんですよ。
つまり、それだけピックアップ率が高かったってこと。
だけど今は…土曜日の夜になっても山盛り残ってる現実。
発行部数を増やした?…その割に、表紙の作りにもお金をかけなくなったのがありありと見えます。
PP貼りをやめちゃって薄っぺらで、なんだかみすぼらしい感じです。
中身は…なんというか…悪循環に踏み込んじゃってませんかこの“雑誌”。
内容が面白くない→PU率低下→広告量(料)が減る→予算縮小
→お金をかけずに制作→ますます面白くなくなる→さらにPU率悪化
→広告が…(以下ループすると思われます)

これは「R25」に限ったことじゃなく、
東京メトロで置いてる「メトロミニッツ」でも同じことが言えます。
今じゃ、あまりのくだらなさに読む気にもならないもの。

先ごろ創刊されてニュースになっていた街配りのマンガ雑誌「コミック・ガンボ」も
一応もらってきて読んだけど、果たしてこのあと続きますかね?
少なくとも私は、もう二度と手に取らないと思います。
なんというのかな、電車の中で広げられない感じがダメ。
青年誌だからって、オネーチャンのグラビアがバーンとあるようなのをタダでバラ撒かれたら、
女性は敬遠します;;
どうせなら「モーニング」や「スピリッツ」みたいに、
男女問わず読めるような雰囲気にすればよかったのにね。

書店で雑誌を少々売っても、たいした儲けにならない。これは確か。
トーハン・日販のような流通だけでも相当の手数料を持っていかれ、
店売りのリスクがかなり高いってことは、よくわかります。
無償配布の生活情報誌や健康情報誌の編集をやっていた経験もありますし、
去年までは全国誌の編集長を務め、毎月売り上げのシビアさを見て、肌で感じてましたから。
だからこそ、もういっそ広告からの収入だけと割り切っちゃって本を出そう、
そう考える事情や気持ちも理解できます。理屈では。

でも、読み手にしてみれば「タダ・もらう・うれしい」って単純なものじゃない。
魅力がなければ手にとってもらえないという状況は、
ある意味、書店売りの本よりも厳しいと思うんですよ。
店売りなら、その号毎に書店で表紙なり中身なり少しチェックしてみて、
おもしろそうになってれば買う。ダメなら買わない。
手渡しする雑誌では、それができないでしょ?
前の号がよくなければ、もう手をのばしてみようとは思いません。
ラックで設置されている本なら、パラパラめくって終わる量だけに、その場でサヨウナラです。

作っている方に失礼を承知で、敢えて。
最近やや乱発気味になっているこの手の印刷物は、
雑誌作りに必要な「心意気」を持っていないように感じられるんです。
要するに「タダのチラシじゃ見てもらえないから広告を読ませるようにしたい」んでしょうけど、
読者って、少しでもアコギな臭いがするものには意外に敏感ですよ?

フリーマガジンはわざわざお金を出して買わないものだからこそ、
自分でお金を出したという自覚を超える何かがないと、情報が頭に残らない。
いずれは「タダでも要らない」ってことになって、読み続けてもらえないの。
この感覚、今フリーマガジンの制作サイドにいる方にわかるかしら。

「フリーマガジン(ペーパー)が花盛り!」なんて言われてるのは、本当なんでしょうか。
広告代理店だけがそういって煽り、無理カラお金を集めてるような気もしてきたり。
[PR]
by hazuki-cat | 2007-01-28 23:37 | Cogito, ergo sum

サインというもの

仕事柄、著名人と呼ばれる方にお会いすることが多い。
雑誌の編集をしていれば、サインをご著書にいただいて読者プレゼントにする場合もある。
大きな書店ではサイン会が開かれている場面もよく見かける。
かつて私も、購入した本に著者のサインをいただいたことはある。

しかし、実のところ。
その人に会った証拠として、思い出として…とサインをもらって残すというのが、
どうにもピンとこないんである。
表紙を開いた余白部分にサインをするにしても、
その本の制作に関わる人は紙を選び、その場所に印刷して入れる模様をも熟考している。
つまりは「何も書き込まれていない状態」を到達点としてつくっていると思うのだ。

これが音楽CDのジャケットならなおさら。
デザイナーさんの苦労を思うと、そこにアーティスト本人のものとはいえ
書き込みを入れてデザインをこわすことは、どうしてもできない。
ましてオークションなどで「○○さんのサイン入り!」と銘打って
高値で取引されているのを見かけたりすると、なんだかなぁ、と思ってしまう。

私が変人なのか、冷めているのか?
サインをする側である著名人の方々のご意見も伺ってみたいものだ。
[PR]
by hazuki-cat | 2006-12-03 23:48 | Cogito, ergo sum

青山・紀ノ国屋跡地に建つもの

渋谷~表参道界隈で何年も仕事をしてきたから、紀ノ国屋にはずいぶんお世話になった。
数年前に建物の老朽化ということで紀ノ国屋は取り壊されて仮店舗に移転し、
すぐに新店舗を建てるのかと思えば、いつの間にか建築計画の標識が消えていた。
跡地は巨大な駐車場になったりイベントスペースになったりと、
行く先の見えないまま時間だけが経っていった。
ヒデがサッカーワールドカップのためにカフェを出していたのもこのエリアだ。
青山通り沿いにできたアスファルトの「空き地」は夏場、
熱を溜め込み、放出して、青山を灼熱地獄に追い込んだ。
早く建物が建たないかなと、いつも横を通るたびに思っていたものだ。

f0014658_1364562.jpgそれがようやく、具体的に動き出したようだ。
シブヤ経済新聞によると、
「AO(アオ)」という名の商業施設が建設され、
紀ノ国屋は地階に入るという。
2009年春にグランドオープン(見込み)。
とりあえずは、先が決まってよかったよかった。

少し気になるのは、敷地内の建物の配置と日陰の問題だ。
あの界隈には低層の建物が多く、古くから住む家も多い。
すぐ裏手には窓辺で猫が日向ぼっこする木造家屋もある。
隣は私が行きつけにしている美容室があり、
青山通りを横目に見るような建物の造りになっている。
都市生活には仕方のないこととはいえ、
環境が壊される人(や猫)たちには気の毒なことだと思う。
[PR]
by hazuki-cat | 2006-09-20 23:32 | Cogito, ergo sum

911

アメリカのpolice callは「911」。
かの同時多発テロの通称が同じというのは、なんの冗談だろう。

もう5年か、まだ5年か。
事件の後、「世界の警察」を自称するアメリカは
アフガニスタンを襲い、イラクを壊滅させ、平和維持のためといいながら殺戮を繰り返した。
戦争の火種は、今もって消えていない。

WTC(世界貿易センタービル)に飛行機が突っ込む瞬間、
ちょうど「ニュースステーション」にチャンネルを合わせていて、
映画の特撮のように現実感のない映像をリアルタイムで見た。
WTCの富士銀行には当時、知人が赴任しており、
彼自身は難を逃れたが、仕事仲間には犠牲者が出たと、後になって聞いた。

f0014658_22233247.jpg点灯された追悼の明かり―ニューヨーク
2001年9月11日の米同時テロから5年。ニューヨークの世界貿易センタービルの跡地近くに完成した犠牲者を悼む「追悼の明かり」の試験点灯(9日)(AFP=時事)20時45分更新
-------

忘れてはならない事件だというのはわかる。
だけど、記念式典がどうにも空々しいものに見えてしまうのは、
なぜなんだろう。
[PR]
by hazuki-cat | 2006-09-11 22:19 | Cogito, ergo sum

テレビが嫌いな理由

私はテレビが嫌いだ。
「胡散臭い」「喧しい」などは、その理由のかなり上位に位置している。
テレビ報道のいいかげんさはいうまでもなく、
静かに考えごとをしたいときでも関係なく思考に割り込む感じも、まったく肌に合わない。
わざわざ自分の時間を割いてまで、他人が作った「騒ぎ」など見せられたくもない。
テレビが嫌いというと、理解できないとか、いかにテレビが素晴らしいかを説く人も多いが、
ほっといてくれといいたくなる。
余暇の時間の使い方くらいは自分で決めたい。

何より、コドモ時代の記憶は大きいといえるだろう。
私の母はテレビ中毒だった…というか、今でもその毒に侵されているんである。

コドモの頃のマイナス感情は後々まで響く。
私が学校や塾から帰って「ねえねえ、聞いて?」と母にその日の話をしようとしても、
「テレビが聞こえないでしょ!」「邪魔しないで」といわれるばかり。
やっと話を聞いてもらえそうな頃には、もう眠くてそれどころじゃない。
いわばテレビは、私と母を引き裂く「敵」だったわけだ。
観ている内容も、クイズ番組だったりバラエティ番組だったり。
コドモの報告より優先させるほどのものだったかと、この歳になっても疑問が残る。
しかもあとになって「そんな話、聞いてないわよ!」…
…いや、だからね、お母さま。私は話そうとしたんですってば。

母が小学生のとき、日本でもテレビ放送が始まったという。
当時のテレビは恐ろしく高価だったようだが、
道楽者だった祖父はイチ早く買ってきて、リビングに据えた。
ご近所の人も上がりこんでテレビを見ていたそうで、今でも母はそれが自慢らしい。
つまり、コドモ時代の多感な時期に、テレビという強烈なものに出会って取り込まれ、
精神までその魔力…いや、魅力に支配されちゃってるというわけ。

その他の趣味もたくさんあり、対外的には並以上にきちんとしている人だけど、
自宅にいるときで父の不在時に限るなら、テレビの優先順位はダントツのようだ。
還暦を過ぎてもテレビ好きは相変わらず、ケーブルテレビまで引いている。
娘の私から見れば、ほとんどビョーキである。


さて、お子さんにテレビを見せて子守り代わりにしているお母さん方。
コドモをテレビ漬けにしてても大丈夫なんでしょうか。
…それとも、もうお母さんからして中毒ですか?
[PR]
by hazuki-cat | 2006-08-28 23:53 | Cogito, ergo sum

それは違うでしょう!

yahooのニュースから神戸新聞の記事(8月12日付)を読んで、目を疑った。
「墓参り代行業、新たなビジネスに 高齢者に人気」
墓の清掃から合掌まで請け負う「墓参り代行サービス」の利用が、
高齢者を中心に広がりつつあるという。

試しに「墓参り代行サービス」のキーワードでググってみれば、「検索結果 約 1,910 件」。
なるほど、この手の業者は全国的にみれば、既にかなりあるってことか。

年をとって動けなくなれば、お墓参りもままならなくなるのはわかりますよ。
でもね。
赤の他人がお金もらって「お墓参り」したら、それは違うでしょう。
「墓参り代行サービス」なんていわず、「清掃代行サービス」と呼ぶべきなのでは?
コトバでごまかしちゃいけませんて。

便利になればいいってもんじゃないでしょうに…とため息をつくのは、
私がまだ健康に問題のない「若い者」だからなのでしょうかね。
なにか大事なものを忘れちゃってるように思えてならないのですが。
[PR]
by hazuki-cat | 2006-08-13 02:41 | Cogito, ergo sum

住民基本台帳カード

「住民基本台帳」のことは住基ネットの開始と利用問題などニュースで知っていたが、
住民基本台帳カードというものがあることは、
本籍地の区役所へ戸籍謄本を取りに行って初めて知った。

運転免許を持たない私にとって、今までの身分証明書といえば、
パスポートと会社員としての健康保険証くらいのものだった。
今回の退職で保険証が(一時的とはいえ)なくなり、
パスポートも(更新していないため)現在の姓ではなくなった今、
原付の免許でも取って証明書にしようかと考えているところだったが、
「写真つき住基カード」なら公的な身分証明書として使えるのだそうだ。
発行手数料は500円。(私が住んでいる区の場合)
交付までに少々日数はかかるものの、
要らぬものに労力とお金を費やさずに済むのはありがたい。
市町村によっては住基カードの利用で住民票や印鑑証明の発行手数料が安くなるから、
数回使えば元を取れてしまうことになる。

それにしても、国を挙げて進めているはずの「住基ネット」に関する認知度が
こんなに低くていいのだろうか?
身分証明書なら免許証!と、周りの複数の人に勧められたけど、
住基カードのことを教えてくれた(知っていた)人は誰もいなかったわけで…。
居住する区の公式サイトを見に行っても、
住基カードに関する記述は、よほどよく探さないと出てこない。

カードの普及率が極端に低いことも問題になっているようだが、
行政側の工夫や努力がまったく足りていないのではないかと思う。
マスコミにしても、トラブルがあったときセンセーショナルに書き立てるばかりで、
住基ネットの利用をめぐるメリットは、ほとんどといってよいほど宣伝しない。
法改正によって業者の閲覧が制限され、DMも減るというプラス面だってあるのに。
[PR]
by hazuki-cat | 2006-07-24 23:32 | Cogito, ergo sum

『30日間マクドナルド生活』

アメリカのドキュメンタリー映画『Super Size Me』。
2年ほど前に公開されて話題になった作品だけど、これを日本でやった人がいるとは。
なんつーかね。ひたすらお疲れさまでした。
今年5月にはその模様をまとめた本まで出してますこの人(笑)
商品説明文の「命知らずの日本人の記録!」には爆笑しましたとも。

『Super Size Me』では「いかにマクドナルドが健康に悪いか」を自分の体で実験してみた
…ということなのですが、
その日本版・マツモトケイジさんの場合、多少吹き出物などのトラブルはあったものの、
著しい健康被害というまでには至らなかったとか。
食べてる量も違うし、日本のマクドナルドはサラダメニューもあるし。
細かな「実験条件の相違」はありますが、なかなか興味深い実験ではありました。
サイトでは20日分まで読ませて、あとは書籍で、というところもニクい。

さて、何が言いたかったかというと。
要するにね、実験なんてものはちょっとした条件でいくらでも結果が変わるんだから、
センセーショナルな煽り文句だけを鵜呑みにしちゃダメよってことです。
健康情報を謳っているテレビ番組なんか、これを悪用したわかりやすい例でしょうね。
自分の目はいつも注意深く開いておきたいものですわ。
[PR]
by hazuki-cat | 2006-07-13 23:58 | Cogito, ergo sum

カエサルのものはカエサルに

「カエサルのものはカエサルに、 イタリアの変態はイタリアに返すのが筋だよな。」
そんなセリフの小気味よいマンガが、かつてありました。
無理やり映画化した作品は、果てしない駄作のようですが。

で、今回のミサイル発射と万景峰号の件について思った。
この際、北朝鮮の人は北朝鮮に、韓国の人は韓国に
全員お返しするのが筋ってモンじゃないでしょうかね?
在日外国人であることの旨みばっかり享受して、
日本に住んでてもかの国の国籍を捨てようとしない連中なんざ、
いつまでも置いとく必要なんか一寸もないと思いますよまったく。
大阪朝鮮高級学校の生徒を降ろすために一時着岸した」ってのも、
ナニソレ、人道的?他国の人命なんか屁とも思わない国の人ですよ?
いいじゃん、そのまんま「本国」にお引取りいただけば。
なんでそんなに特別扱いするの?

あ、もちろん、かの国の方々を謹んでお返しするのと引き換えに、
拉致被害者の漏れない日本帰国もお忘れなくってことで、よろしくね。
[PR]
by hazuki-cat | 2006-07-05 23:55 | Cogito, ergo sum